WEEKLY COLUMN
物語のある車と時計 #02
うっとり見惚れてしまう、息をのむ美しさ

真の美しさ。それは、時代が変わろうとも決して変わらないものです。数十年前に誕生したプロダクトであっても、本当に美しいものは目の前に表れた瞬間、あなたを魅了することでしょう。
そして美しさは単なる外観のデザインのみならず、機能やディテールにも宿るのです。そこには使う人の想像力を掻き立ててくれる、唯一無二の魅力があります。

今回ご紹介する車と時計は、そんなテーマで選んでみたものです。うっとり見惚れてしまう、息をのむ美しさ。それは長く愛され続ける理由なのかもしれません。

“神の造形”と賞賛される車の、完璧なプロポーション

アルファロメオ/Tipo 33/2 ストラダーレ

美しい車を語る上で絶対に外すことができないのが、アルファロメオの「ティーポ33/2 ストラダーレ」。魅惑的なデザインとして名高いこの車のルーツを紐解くには、レーシングカーについて触れておく必要があります。

レーシングカーには、厳格なレギュレーションをクリアしながら1/1000秒でもタイムを縮めようとするエンジニアたちの情熱が注ぎ込まれています。ご想像のとおり、エンジン出力や車量のみならず、空気抵抗、タイヤと地面の摩擦など、細部にいたるまで、実に緻密に計算されているのです。一切の無駄を省きながら仕上げられた車体は、もはやある種の芸術といえるかもしれません。

第二次大戦後、モーターレースの世界で猛威を振るったのはアルファロメオでした。
1950年には、F1世界選手権の記念すべき第1回目が開催され、アルファロメオは見事に優勝。その後、F1グランプリレースから撤退を余儀なくされるものの、情熱の炎は消えることはなく、’60年代初頭にはティーポ33エンジンの開発をスタート。この素晴らしいエンジンを搭載したのが「アルファロメオ ティーポ33」です。
さらにその進化系である「ティーポ33/2」は、さまざまなレースで華々しい結果を残しました。そしてそのロードバージョンとして生まれたのが、「アルファロメオ ティーポ33/2 ストラダーレ」というわけです。

デザインを担当したのは、ポルシェの「アバルト カレラGTL」、ランボルギーニの「350GTV」などを手掛けてきたフランコ・スカリオーネです。
スチール板で補強されたコクピットの周囲にはロードカーとして必要な装備を搭載し、2リッターV8エンジンもやや控えめにチューンアップ。シャシーはレースカーと同じレイアウトで、車量がわずか700kgと超軽量。最高速度は260㎞/hという高性能を誇りました。

この車が特別だと語られるのは、レーシングカーと多くの構成要素を共有していたことにあります。時間をかけて1台ずつ丁寧に手作りで組み上げられた、ミッドシップエンジン・スポーツカーだったのです。
栄冠を掴んだ「ティーポ33/2」をベースに、当初は50台を生産する計画でした。しかし、1967年11月から1969年3月までの間に作られたシャシーの数はたった18台分。以降は製造されず、ボディを纏った姿で当時の顧客の元へと渡った台数は12台程度といわれていますから、その希少性は語るまでもなく、手に入れた者はまさに幸運というほかありません。「ティーポ33/2 ストラダーレ」はまさに伝説的な存在として知られるようになったのです。

その後、「8Cコンペティツィオーネ」、「4C」、「4Cスパイダー」など、「ティーポ33/2 ストラダーレ」からインスパイアされ派生したモデルは数多登場。近年ではそのDNAを感じさせる最新モデル、「4Cスパイダー 33 ストラダーレ トリビュート」が発表され、世界中の車愛好家たちの注目を集めました。

そして、「ティーポ33/2 ストラダーレ」が人々を魅了したもうひとつの理由。それが研ぎ澄まされたメカニズムを支える、完璧なプロポーションです。その素晴らしさは、時に“神の造形”とも“自動車史上最も美しいスタイリング”と言われるほど。その類稀な美しさは、アルファロメオ社の信条でもある「必要な美しさ」というフレーズを象徴した一台といわれ、数え切れないほどの人々を虜にしているのです。

アルファロメオの「ティーポ33/2 ストラダーレ」は、レースに情熱を注いだ男たちの夢とロマンが詰まった世にも美しい車。ぜひ、覚えておいてください。

“待ち焦がれる時“をテーマに、胸の高鳴りを表現した腕時計

エルメス/スリム ドゥ エルメス ルゥール・アンパシアント

大切なパートナーとの待ち合わせ。その場所へ向かっている、あるいは待っている時の胸の高鳴りは、素敵な時間が始まるカウントダウンのようでもあります。
2017年に発表されたエルメスの「スリム ドゥ エルメス ルゥール・アンパシアント」は、そんなロマンチックなひとときを可視化した、なんともロマンチックな時計なのです。

この時計の魅力を語るには、機械式時計というものに触れておく必要があります。
機械式時計は、その数cm四方の小さなケースの中に、実に百をこえる小さなパーツが複雑に組み上げられたものです。それぞれの部品が正確に噛み合うことで初めて時を刻むことができます。
いわゆる本来の計時機能ではない機能、ストップウォッチ機能や月齢を表す機能をもたせたい場合は、ケースの中に収められたムーブメントに、専用の機構を盛り込む必要があるのです。それには独創的なアイデアや優れた技術力を要し、その複雑さに応じて、価格はもちろん上がりますが、それが時計自体の評価を高める要因にもなるというわけです。機械式時計の中でも、構造が極めて複雑な機構を、複雑機構と呼びます。

話をエルメスの時計に戻しましょう。ここに活用されているのは、 “鳴り物”といわれる機構です。読んで字のごく、音が出るというもので、指定した時間に音が鳴る「アラーム」。毎正時、もしくは15分ごとに音が鳴る「ソヌリ」。あるいは数種類の音の組み合わせが時を告げる「ミニッツリピーター」。このように“鳴り物”にも種類があります。
エルメスの「スリム ドゥ エルメス ルゥール・アンパシアント」は、この“鳴り物”をロマンチックに解釈した、まったく新しいコンセプトを持つ時計です。

その機能を端的に説明すると、次のようなものです。文字盤の4-5時位置にあるサブダイヤルで時間を指定すると、設定した時間の1時間前から、6-7時位置にあるレトログラード針が動き出す。約束の時間の1時間前から、カウントダウンが始まるのです。そして、指定した時間になると音が鳴る仕掛けです。約束の時間の到来を告げるこの音色は、ビロードのように滑らかな余韻を残しつつも、控えめに設定されているため、身につけた者にしか聞こえません。

操作の仕方については、次の通りです。9時位置にあるプッシュボタンで機能をスタートし(いわゆるON/OFF機能)、4時位置のリュウズとサブダイヤルで任意の時間を設定。予定時刻の1時間前になると、6時〜7時の間にレイアウトされているレトログラード針がカウントダウンを開始します。

この時計を手掛けたのは、エルメスの時計開発担当クリエイティブ・ディレクター、フィリップ・デロタル氏。アイデアを思いついたのは2012年だということですから、かたちにするまでおおよそ5年の歳月を費やしたことになります。
いかにもエルメスらしい!と感嘆するのは、複雑な機構を搭載しながらも、とても美しく、品良くデザインされているところでしょう。ディテールも素晴らしい。レコード溝のような同心円の仕上げ、ザラつきのある砂目仕上げ、マットな質感のサテン仕上げ。この3つの技法が採用されています。その上をフランスを代表するグラフィックデザイナーのフィリップ・アペロワが考案した独創的なフォントが華麗に躍ります。

”時間はオブジェのひとつ”という考えのもとに生まれている。そんなエルメスの美学を象徴する時計は、実用性・機能性だけでなく、身に着けた者にしかわからない幸福と驚きに満ちているのです。


単に見た目の良さだけを“美”と捉えるのは浅はかでしょう。モータースポーツという過酷な世界から生み出された究極のスポーツカー。そして、時を知るための時計ではなく、時を楽しむための時計。どちらのプロダクトにも物語が秘められているからこそ、人はその美しさに心奪われるのでしょう。