WEEKLY COLUMN
物語のある車と時計 #03
運命に翻弄されながらも、今なお愛され続ける名作

生まれては消えていく。世の中には数多のプロダクトがあります。
たとえ名作と呼ばれるものであっても、ゆっくり時間をかけて現在の評価にいたるものもあれば、誕生して間もなく輝かしい評価得るものもあるなど、さまざま。なかには予期せぬ出来事によって、結果的にプロダクトとして不遇の扱いを受けてきたものもあります。それは、車と時計も例外ではありません。

今回ご紹介する車と時計は、運命に翻弄されながらも、今なお世界中で愛され続ける名作と呼ばれるものです。どちらのプロダクトも、奇しくも運命の鍵を握ったのは製作に携わった男たちです。ここで、そんな物語を紐解いていきましょう。

誰もが憧れた、夢の車に潜む悲劇のストーリー

デロリアン/DMC-12

1985年に公開された映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を知らない人はいないでしょう。
アメリカのとある町に住む高校生、マーティ・マクフライが図らずもタイムマシーンで過去へと飛んでしまい、現代へと戻るため奮闘するストーリーに胸を高鳴らせた男性は決して少なくありません。
マーティと年の離れた親友、通称“ドク”ことエメット・ブラウン博士のキャラクターとともに物語をいっそう盛り上げたのが、デロリアン・モーター・カンパニーが製造したスポーツカー、「DMC-12」をベースに作ったタイムマシーンでした。スクリーンに登場するやいなや、その車は夢の象徴として人々の記憶に刻まれます。そして、現代においてもなお圧倒的な人気を誇る名車として知られています。

車について語る前に、まずは「DMC-12」の生みの親であるジョン・デロリアンに触れないわけにはいきません。
彼は1964年に登場した、当時のハイパフォーマンスカーの代表格として語られる名車、ポンティアック「GTO」を生み出したゼネラルモーターズの功労者で、副社長にまで上り詰めた男です。しかし、理想の車を作りたいという夢の実現のため同社を退職。自身の会社を設立します。そして「DMC-12」を発表するにいたるというわけです。

ここまで聞けば、美しいサクセスストーリーのようにも聞こえるでしょう。映画のイメージから、「DMC-12」もきっと当時は爆発的ヒットを記録したのだろうと想像するかもしれません。しかし、現実はそんなに甘いものではありませんでした。
近未来的な車体デザインや男心をくすぐるメタリックボディとは裏腹に、欠陥が多く購入者からのクレームも頻出。当初は華々しくデビューを飾り予約も殺到したといいますが、蓋を開けてみればキャンセルが相次ぎ、結局は1981年からの1年間で9000台しか製造されず、販売台数も伸び悩みました。
追い打ちをかけるように、北アイルランドへの工場誘致の条件として交付されていたイギリス政府からの補助金はストップ。メディアの調査により、自らの会社の資金をジョンが私的に流用していたことも発覚。1982年にはコカインの所持容疑で逮捕され(1984年の裁判で無罪判決を受ける)、会社は倒産に追い込まれます。
私たちがタイムマシーンと重ね合わせ、羨望の眼差しを向けてきた車には、大きな野望を抱いた男の人生を大いに狂わせた悲劇のストーリーがあったのです。

しかし、同社の誕生から40年の月日が流れた2021年、とあるニュースが業界をざわつかせます。
デザイン会社であるイタルデザイン社が、SNS上で「DMC-12」の生誕40周年を祝うコメントと共に復活プロジェクトを計画していることを示唆するツイートを行ったのです。
同社の設立者は、フォルクス・ワーゲンの「ゴルフ」やフィアットの「パンダ」などをデザインしたイタリアの名デザイナー、ジョルジェット・ジウジアーロ氏。彼は「DMC-12」のデザインにも携わっていただけに、そのメッセージや映像は世界中のファンが胸を高鳴らせるには十分なものでした。
ことの真偽はいまだ定かではありませんが、大きな期待を込めて、静かにその動向を見守るとしましょう。

実直で誠実な男が生んだ、“奇跡”を搭載する腕時計

ゼニス/クロノマスター リバイバル エル・プリメロA385

機械式時計の歴史の中で、1969年にゼニスより発表された高性能ムーブメント「エル・プリメロ」は、名機と呼ばれています。
ムーブメントとは腕時計の駆動をつかさどる部分で、ゼンマイを動力とした、車でいうところのエンジンにあたるもの。「エル・プリメロ」は毎秒10振動(毎時36000振動)に象徴される、およそ人間技とは思えない高精度を誇るクロノグラフムーブメントです。
そんな歴史的傑作を初搭載した3モデルのうちのひとつがイラストの「A385」なのですが、その裏には思いもよらない奇跡の物語があったのです。

偉業とさえ言われる世界初の自動巻きクロノグラフムーブメントが誕生した年、時計業界が転換期を迎えることになる大きな出来事がありました。それが、クオーツショックです。
日本の時計メーカーであるセイコーが1969年にクォーツ式の腕時計を発売したことによって起きた革命的な出来事で、クォーツ革命とも言われています。クオーツ式腕時計は電池によって駆動するもので、現代社会ではあたり前に定着しているものです。
当然、何世紀も前の懐中時計の時代から主流であった機械式時計そのものが窮地に陥ることになります。スイスを中心とした世界の名だたる名門ウォッチメーカーが閉鎖に追い込まれるほどでした。
ゼニスもご多分に漏れず、当時の経営陣はある決定を下します。それは、同社が生み出した歴史的傑作の生産を中止することでした。そんな折り、上層部の決定に反旗を翻した男がいました。同社にて腕時計作りに心血を注ぎ、その開発に大きく貢献した男、シャルル・ベルモです。
「エル・プリメロ」のポテンシャルを信じて疑わない彼は、その決定に落胆し、とある決断をします。それは、上司に逆らい、いつの日かこの素晴らしいムーブメントが人々を笑顔にすることを夢見て、屋根裏部屋へ製作に必要な技術計画書や道具を隠すことだったのです。

時計の常識を変えたクオーツショックは、1970年代〜1980年まで続きました。ほとぼりが冷めるまでに、おおよそ10年の月日が流れたということです。そして再び人々の関心が機械式腕時計へと向けられ、各社が出直しを図っているさなか、シャルルは隠し続けてきたモノを再びゼニス社へと返却します。これを受けて、ゼニスは誰もが完全に失ったと考えていた“宝物”を、ある一人の男の英断によって再び手にすることができたのです。

ほどなくして「エル・プリメロ」の製造は再開され、周囲からの賞賛を浴びました。その出来栄えはあまりに素晴らしく、著名な時計ブランドからも供給を依頼されるほどでした。
イラストの「A385」は、そのムーブメントを初めて搭載したモデルのリバイバルです。ひとりの男が起こした奇跡を搭載した時計ということもできるでしょう。
実はこの時計は、世界で初めてグラデーション文字盤を開発・採用したことでも知られています。高性能腕時計としての実績も十分ですが、「エル・プリメロ」の名を世界に知らしめたベルモの決断力と行動力を示すこの物語に、共感する人も少なくありません。


名作を名作たらしめるもの。機能性や見た目の美しさは大きく評価を左右するでしょう。しかし、ときに運命に翻弄されたという事実が紡ぐ物語が、プロダクトの魅力のひとつになって眩い輝きを放つこともあります。何より、男たちはそこに夢やロマンを感じずにはいられないのです。